帰心如箭 (きしん じょせん) 1

『故郷や我が家へ早く帰りたい気持ちを言う。
箭は 弓矢の矢のこと。』





その後も西への旅は 続けられていた。

村も街も 少なくなり 地図さえも入手困難を 極めるようになってきた。

数日の野宿の後 ようやく着いた街で 三蔵たちは どうにか宿を取ることができた。

吠登城が近づいて来たせいか 妖怪の襲撃も頻繁になり その数も増えつつある。

が 隣の部屋の浴室を使いに行ったのを 確認した三蔵は、

「この辺が 限界だろうな。」と漏らした。

「えぇ 僕もそう思います。

この 街は治安が良さそうですし、意外と大きいですから 大丈夫でしょう。

この後は 地図もないので いつ次の街に着けるかも分かりません。

の安全を 僕たちが案じなくてもいいようにするには ここがいいでしょう。

三蔵が 話した方がいいでしょうから お願いします。」

「あぁ 解った。」

2人の会話は そこにいた 悟浄も悟空にも聞こえていた。





「八戒 、今のどういうこと?

この辺が限界って 何のことだよ?」

悟空が 八戒に詰め寄った。

悟浄は そんな悟空の肩を掴んで 椅子に座らせた。

「悟浄 おめぇは 解ったのか?

三蔵と八戒の話を 知っているんなら 俺に教えろよ!」

に対する悟空の気持ちを 知っている3人は 言葉に詰まった。

だが 悟空を黙らせておかなければ を説得できるはずがない。

「悟空 三蔵の言った『この辺が 限界。』と言うのは 僕たちがを守りながら

旅をする限界という意味です。

野宿もこれからもっと酷くなるでしょうし 次はいつ 街や村に着けるか分かりません。

確かに は強い女性です。神女なのですから 

僕たちもかなわない所があるかもしれません。

ですが 僕たちは を守ってしまうんですよ。

僕たち4人は 想いは違っても それぞれにが好きで 大切ですから・・・。

それは悟空にも分かりますよね。」

八戒は 幼児に話すように 丁寧に語りかけた。




「う・・うん。」

「今はまだ を気遣いながら 戦うことができていますが、

もし を気にしていられないほどの

敵が来たら を気遣う気持ちは 相手に隙を作ることになってしまうんです。

悟空は強いです。

でも 何かに気を取られて 怪我をしてしまったとしますね。

それがのためだったとして は喜ぶと思いますか?」

「ううん、悲しむと思う。」

「そうですね、僕たちが 怪我をする場合は まだ 気が楽ですが、

それが だったら どうですか?

悟空は をこのまま同行させて 怪我をさせてしまって 平気ですか?」

「いやだ。」

「では 三蔵の言った意味を 理解できますね。

悟空 ここにを置いていくことが 僕たち4人の中で 

一番辛いのは誰か分かりますか?」

「八戒、余計な事は言うな。」

「すいません 三蔵。」

悟空は 八戒の言葉を さえぎった三蔵を見た。




いつもと同じように 新聞を広げて 煙草を吸ってはいるが、

その表情は あきらかに 渋く険しく 機嫌が悪そうに見える。

「八戒、俺 解ったよ。

のためにも ここにいたほうがいいもんな。

俺だって が好きだし 笑っていて欲しいよ。」

「よく言ってくれましたね 悟空。

では もし 三蔵がに 話をした後に から何かを言われても

悟空も三蔵の考えと同じであると を説得して下さい。

悟空の言うことなら も折れるかもしれないですからね。

今回のことでは 僕と悟浄の言うことには 耳をかさないでしょうから。」

「まあ そういうこと。

に言う事を聞かせるのは 三蔵よりも悟空の方が 上手かもしんないなぁ。

お子ちゃまは 無敵だから・・・・。」

紫煙を吐き出しながら 悟浄は悟空にウィンクを投げた。




いつもなら そこで 悟浄に食って掛かる悟空が 思い詰めたように言った。

「俺の言葉を が聞いてくれるかは わかんねぇけど。

三蔵が決めたことなら きっとのためなんだろう?

なら が嫌だと言っても 俺も三蔵に賛成するよ。

俺 には 俺達を 笑顔で待ってて欲しいからさ。

八戒、子供の俺が 本当に無敵なら、俺 の所に帰って来れるだろ?」

「そうですね、僕も悟空は強いと思いますから の所に帰れると思いますよ。

僕たち4人全員で 帰って来ましょう。」

「ま、あれだ・・・・・・

誰かが 待っててくれた方が 帰巣本能も強くなるってことだな。」

これから向かう 西への旅が どれほど大変でも 

が自分たちを待っていてくれると思えば 悪くない。

そんな思いを 4人それぞれが 胸に抱いていた。




確かに は三蔵の恋人で 2人は愛し合っている事を知ってはいるけれど、

だからと言って への気持ちが ないわけではない。

彼女だって 三蔵への気持ちとは違うかもしれないが、自分たちの事を

大切に思っていてくれている事は 解っているのだ。

だからこそ をここへ置いて行かなければならない。

三蔵がそれを切り出した以上 すでにギリギリの状態になっている事は 理解できる。

を 離す事が 一番辛いのは三蔵だろうから・・・・。

それほどに 三蔵はを愛しているのだから・・・・・。

には 納得させなければならないと 4人がそう強く思っていた。







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